東京オリンピックもいよいよ来年となり
競技会場が完成しつつある。
そのメインスタジアムとなる新国立競技場。
侃々諤々ありボツとなってしまったザハ・ハディッドの設計。
デザイン案が発表された時、多くの人の口を衝いて出た言葉は「美しい」でも
「崇高」でもなく、「カッコいい」であった。
そして建設費圧縮による修正案が発表された時、その失望を最も端的に言い表した
言葉は「カッコ悪い」だったはずである。
「カッコいい」という言葉(アウトプット)は
民主主義と資本主義とが組み合わされた世界で、動員と消費に巨大な力を発揮してきた。
端的に言い表すならば「カッコいい」とはナニモノかわからなければ
私たちは20世紀後半の文化現象を理解することが出来ないのである。と云う平野啓一郎氏。
感じたこと(インプット)を表現(アウトプット)する。
実は一番大切なこの行為。
どうしてそれが「おいしい」のか。
なぜそれが「カッコいい」のか。
君は今、何を感じ、何を考えているのか。
言葉に表すことは相手に伝えること。
言葉として表現することは自分を理解してもらうこと。
建築も同じで
どうしてそんなカタチなのか。
なぜそれを選択したのか。
コンセプトは何なのか。
考え、考え抜いた建築を相手(リレーションシップ)に伝えることは
自分という個を、建築を伝えることの大事さに繋がります。
お昼にどーしても食べたくなったカレー。
どうして食べたくなったのか。
食べた時のおいしさを「彦摩呂」のよーに表現します。
「カツとカレーの宝石箱や~!」
変わりまして
いただきもののかき氷。
「氷のアロマテラピーや~!」
言葉にすることはむずかしい。。。
imamura